PART 1 / 身近な謎

最初は「うるさいな」と思っていたCMソングを、気づけば口ずさんでいる。何度もすれ違う店が、いつのまにか親しみのある存在になっている。SNSで何度も見かけるブランドを、なぜか少し信頼している。これ、あなただけではありません。

中身を吟味したわけでも、誰かに勧められたわけでもない。ただ「何度も見た」だけ。それなのに、なぜ人は好きになってしまうのか?

「ミーハーだから」ではありません。これは人間の感情に組み込まれた仕組みで、意味のない記号や、知らない人の顔を使った実験で、くっきりと証明されています。

PART 2 / この研究は、何を解こうとしたか

「好き」には、ふつう理由があります。美味しいから、役に立つから、誰かが勧めたから。では――理由を一切与えず、ただ「見せる回数」だけを変えたら、好き嫌いは動くのか? もし動くなら、それは「好意」が、私たちが思うよりずっと単純な仕組みで生まれていることになります。

この問いに正面から挑んだのが、社会心理学者ロバート・ザイアンスです。彼は「意味」も「報酬」も「説得」も取り除き、接触の回数という、たった一つの変数だけを操作しようとしました。だから題材も、わざと“意味を持たないもの”を選びます。

PART 3 / 実験を、ていねいに

今日参考にするのは、ロバート・ザイアンス が行った
『単なる接触が態度に与える効果』(1968年)という研究です。

「意味のないもの」を、回数だけ変えて見せる

ザイアンスが使った題材は、巧妙です。第一に、無意味な綴りの単語(英字を並べただけの造語)。被験者には「これはトルコ語の形容詞です」と伝え、意味は教えません。第二に、漢字のような記号(中国語風の文字)。第三に、卒業アルバムから取った知らない人の顔写真。どれも、被験者にとって「意味も思い入れもない、まっさらな対象」です。

そして、これらを見せる回数を変えます。ある対象は0回(見せない)、別の対象は1回、2回、5回、10回、そして25回。見せ終えたあと、被験者にこう尋ねます。「この単語は、良い意味だと思いますか、悪い意味だと思いますか? どの程度?」。答えは0〜6の7段階で記録されました。

ATTITUDINAL EFFECTS OF MERE EXPOSURE(1968)

意味のない対象を、見せる回数だけ変える。好意度は回数で動くか。

対象
大学生など
題材
無意味な造語(「トルコ語の形容詞」と説明)/漢字のような記号/知らない人の顔写真12枚
操作
見せる回数を 0・1・2・5・10・25回 に変える(これ以外の条件は同じ)
統制
意味・報酬・説得は一切与えない。動かすのは「接触回数」だけ
測定
対象への好意度(0〜6の7段階の「良い/悪い」評価)
さて、実験開始

あなたが、その画面の前にいたら

あなたは、次々と現れる見慣れない文字を、ただ眺めていきます。「iktitaf」――トルコ語の形容詞だと言われたけれど、もちろん意味は分かりません。次の文字、また次。中には、何度も繰り返し出てくるものがあります。「あ、これさっきも見たな」。一方で、一度きりしか現れないものもある。あなたはとくに何も考えず、ただ見ていきます。

ひと通り終わったあと、質問が始まります。「では、この単語は――良い意味だと思いますか? それとも、悪い意味?」。意味なんて知らない。完全な当てずっぽうのはずです。でも、なぜか手は動きます。何度も見た「iktitaf」には、つい“良い”寄りの点をつけてしまう。たった一度の文字より、見覚えのある文字のほうが、不思議と「悪くない感じ」がするのです。

この「回数」と「好意度」の関係を、造語でも、記号でも、顔写真でも、ザイアンスは丁寧に集めていきました。結果は、驚くほどはっきりしていました——。

RESULT

結果:見せる回数が増えるほど、好意度は上がっていった。

接触回数と好意度の関係(評価:低 → 高)
0回
1回
2回
5回
10回
25回
出典:Zajonc, R. B. (1968). "Attitudinal Effects of Mere Exposure." Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2 Monograph), 1–27.
※バーは原典で確認された「回数が増えるほど好意度が上がる(単調増加)」という関係の向きを示す概念図です。原典は0〜6の評価尺度で測定しており、各回数の正確な平均値は本記事では割愛しています。
PART 4 / なぜ、こうなるのか(心理の分析)

「見慣れている」は、脳にとって「安全」のサイン

ここが核心です。意味も中身もない対象が、なぜ回数だけで好かれるのか。いくつかの心理が重なっています。

① 慣れは「安全」の合図。 私たちの脳は、初めてのものに対して、わずかな警戒を働かせます。生き物として自然な反応です。ところが同じものを繰り返し見て、何も悪いことが起きないと、その警戒はすっと解けていく。「見慣れた=危険じゃない=安心」。この安心感が、「好き」とよく似た感触として残ります。

② 処理のしやすさ(流暢性)を、好意と取り違える。 何度も見た対象は、脳がラクに処理できます。スッと頭に入る。この「処理がスムーズ」という快さを、人は「この対象が良いからだ」と取り違えます。なめらかに感じる=良いものに感じる。これを処理流暢性と呼びます。

③ 理由は、あとから探す。 面白いのは、ザイアンスの後の研究で、本人が「見た」と気づかないほど一瞬の接触でも効果が出たことです。つまり好意は、意識的な判断より手前で生まれている。私たちは先に「なんとなく好き」を感じ、理由はあとから取ってつけているのです。

ひとことで言うと――

好意は、必ずしも「中身を吟味した結果」ではない。「何度も触れて、何も嫌なことが起きなかった」という事実そのものが、安心と好意を育てる。だから、繰り返し“良い形で”姿を見せ続けることには、それだけで意味がある。

PART 5 / 限界と、誤解されがちな点

この効果は再現性が高く強力ですが、無条件ではありません。正直に押さえます。

・「最初の印象」が悪いと、逆に嫌いが強まる。 単純接触が効くのは、対象が「中立〜やや好印象」のとき。最初から不快な対象は、繰り返すほど嫌悪が増すという報告もあります。露出は“好感の貯金”を増幅するが、マイナスからは救えない

・飽き(過剰接触)もある。 同じ刺激を出しすぎると、効果が頭打ちになったり、飽きが生じたりします。単調な連打より、変化をつけた反復が効きます。

・複雑な対象ほど、効果はゆるやか。 シンプルな刺激で強く、複雑な対象では出方が穏やかになる傾向があります。

PART 6 / マーケティング・PRへの活用

これを、広告・ブランディング・PRにどう効かせるか

広告・運用

頻度を設計する

一度の派手な露出より、適切な間隔での反復。フリークエンシーは“好感の貯金”。ただし好印象の素材で。

ブランディング

一貫して出し続ける

ロゴ・色・トーンを変えずに反復。見慣れ=安心=信頼。露出のたびに印象がブレないことが効く。

PR・地域

接点を増やす

イベント・SNS・地域露出で“顔を見せる”回数を積む。売り込む前に、まず見慣れてもらう。

イベントやローカルなPRでも、原理は同じです。いきなり「買ってください」と迫る前に、良い形で、何度も姿を見せて、見慣れてもらう。出店、SNS、地域の催し――接点の回数そのものが、好意と信頼の土台を作ります。ただし、ここまで見てきた通り、効くのは「中立〜好印象」を、ブレずに反復したとき。最初の体験が悪ければ、回数は逆効果になります。だからこそ、反復に乗せる“中身”を良くしておくことが、すべての前提になります。見慣れてもらい、その期待に体験で応える――この順番が、長く好かれるブランドを作ります。